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平塚神社(ひらつかじんじゃ)・旧 平塚明神社
東京都北区上中里1−47−1
03−3910−2860

※平塚神社は北区上中里にありますが、便宜上、駒込地区にしてありますので、ご了承ください。

御祭神
八幡太郎源義家命

賀茂次郎源義綱命
新羅三郎源義光命

御神徳  勝ち運・立身出世・病気平癒・騎馬上達(交通安全)・武芸上達・開運厄除・心願成就 等

八幡太郎源義家
平安後期の武将で、源頼朝・義経、足利将軍家の先祖。岩清水八幡宮で元服したので、八幡太郎と号された。
前九年の役・後三年の役を始め、数々の戦で活躍した。「天下第一武勇之士」と称えられ、全国の武士が臣従した。その武威は物の怪ですら退散させたと言われ、義家公の弓矢は、魔除け・病除けとして白河上皇に献上された。
賀茂次郎源義綱
義家公の次弟。賀茂神社で元服したので、賀茂次郎と号された。
新羅三郎源義光
義家公の三弟で、武田氏・佐竹氏・小笠原氏の先祖。
新羅明神で元服したので、新羅三郎と号された。笙の名手としても有名。

主な祭日・行事
        大 祭  9月14・15日
        中 祭  5月15日
        小 祭  1月15日
        祭旦祭  1月元日
        節分祭  2月 3日
        大 祓  6月30日・12月31日
        月次祭  毎月1日・15日

平塚神社付近は、平安時代に豊島郡を治める郡衙のあった場所だと推定されてるが、平塚明神并別当城官寺縁起絵巻(北区指定有形文化財)の伝承によれば、この時代の末期には、秩父平氏庶流の豊島太郎近義という人物が平塚城という城館を作ったらしい。
平塚城は源義家が後三年の役で奥州に遠征した帰路の逗留地で、義家は近義の心からの饗応に深く感謝し、使っていた鎧と守り本尊の十一面観音を下賜した。近義は義家が没した後、城の鎮護のために拝領した鎧を域内に埋め、この上に平たい塚を築き、義家兄弟の三人の木像を作り、そこに社を建てて安置したと伝えられる。これが本殿裏側の甲冑塚とも鎧塚とも呼ばれる塚で、平塚の地名の起こりともいわれる。鎌倉・室町時代の平塚城は、この地域の領主であった豊島家代々の居城となったが、文明 10年(1478)1月、泰経の時代に太田道灌によって落城してしまう。
江戸時代、上中里村出身の針医で当道座検校(とうどうざけんぎょう)でもあった山川城官貞久(やまかわじょうかんさだひさ)は、三代将軍家光の病の治癒を平塚明神に祈願し、家光は程なく快復する。感謝した貞久は、みずからの資金で平塚明神の社殿と別当の城官寺を再興し、買った田地を城官寺に寄進します。貞久の忠誠心を暫くして知った家光は感激し、250石の知行地を与え、この内の50石を朱印地として平塚明神に寄進させた。

平塚神社は、北区指定有形文化財の「紙本著色平塚明神并別当城官寺縁起絵巻」(しほんちゃくしょくひらつかみょうじんならびにべっとうじょうかんじえんぎえまき)、古文書「平塚神社文書」(ひらつかじんじゃもんじょ)を所蔵している(非公開)。立派なイチョウとケヤキの並木が参道にあり、節分には盛大な豆まきが行われる。

推理小説ファンにはおなじみだが、この界隈は内田康夫原作の推理小説「浅見光彦シリーズ」の主人公・浅見光彦の住む町ということで、小説にもしばしば登場する。特に本郷通りに面した平塚神社の入り口の脇にある和菓子屋「平塚亭」は、主人公の母親がここの団子が好物だという設定なので、多くの作品に登場している。

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